Vol.5 中野町の石蔵(浜松市東区) 木材運搬の一大拠点
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大正時代に製材で全盛期を迎えた中野町。今も繁栄を伝える石蔵が10棟ほど残る。 |
「製材所だった家に聞くと、100年ほど前の蔵だそうです。金原明善(大正12年没)が東海道線に天竜川駅を誘致し、木材の運搬拠点となると、製材所が集まり富も集中した。そんな時代の名残です」
県建築士会浜松支部の堀内秀哲さん(46)が示す大正時代の地図には、軽便鉄道「中ノ町線」の線路や芝居小屋「天龍座」が記される。
「町は相当にぎわっていたのでしょう。天龍座や軽便の跡は消えましたが、当時の料理屋旅館の面影を伝えるうなぎ屋が残っていて、今も営業しています。立派な木造2階屋。『あそこはうまかった』と佐久間方面の古老から聞きました。天竜川を下ってきた材木の集積場で、上流との行き来も盛んだったのです」
昭和15年の国鉄二俣線の開通で、製材所は天竜方面へ。運搬もトラックに移り、町には静けさが戻った。(2007年12月20日掲載)

