2008年05月06日

Vol.20 旧芸者置屋・小松楼(新居町新居) “飾り柱”の特徴残す




  明治末期から大正初期にかけて、新居町では養蚕や製糸業が盛んになった。町も発展の兆しを見せ、最盛期には町内に11軒の芸者置屋があったという。現在は静かな市街地にひっそりとたたずんで、華やかだった往時をしのばせるのが、小松楼だ。

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Vol.19 新居宿旅籠紀伊国屋資料館(新居町新居) 天井低く急な階段




  日本で唯一関所の建物が残る「国指定特別史跡・新居関所」のあるまち、新居町。関所のすぐ近くに江戸後期の旅籠(はたご)の様式を残す「新居宿旅籠紀伊国屋資料館」が一般公開されている。

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Vol.18 旧東海道の町家(湖西市白須賀) 養蚕見つめた格子窓



  旧東海道の白須賀宿。湖西市白須賀に、養蚕で栄えた昭和初期の雰囲気を今に伝える住宅がある。

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Vol.17 多門小路(磐田市見付)

  商家や民家が密集する見付宿は、歴史上たびたび火災の被害に遭ってきた。磐田市見付地区に現存する17の小路(しょうじ)の1つ多門小路には、人々が火災から家屋や財産を守るため築いた防火壁が残されている。

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Vol.16 地蔵小路(磐田市見付) 振興と産業の歴史今に



  磐田市見付には17の小路(しょうじ)が残され、今も宿場町の面影を色濃く残す。小路は、一説では粕街道に由来する「かすかいと小路」、住民しか通らず、一般の人には不用な道との意味がある「不用小路」など1つ1つに名がある。中川の東側に位置する「地蔵小路」もその1つだ。

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Vol.15 栗田家土蔵群(磐田市見付) 産業隆盛で増築重ね

  かつて東海道の宿場町として栄えた磐田市見付。宿場通りとも呼ばれる見付本通りは街路拡幅で様変わりしたが、本通りから南北に延びる小路(しょうじ)に古い街並みが残る。梅屋小路には明治のたばこ産業の隆盛をしのばせる栗田家土蔵群がたたずむ。

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Vol.14 二俣医院(浜松市天竜区) 異彩放つ水色の外観


  二俣町が活気に満ちていた大正5年、商店街のほぼ中央に建てられたのが二俣医院だった。淡い水色の壁が印象的な診療所は、古い建築物が並ぶ通りでも異彩を放っている。

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Vol.13 ヤマタケの蔵(浜松市天竜区) 座敷を開放、集いの場に

  間口が狭く、奥行きが深い宿場町特有の町家(まちや)造り―。その趣きが色濃く残る二俣町の裏通りには、多くの土蔵が点在する。中でも、クローバー通り北側の座敷蔵は大正12年に建設され、「ヤマタケの蔵」の通称で有名だ。

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Vol.12 旧御宿陣屋(浜松市天竜区) 二俣の人と文化育てる

  浜松市天竜区の二俣町が宿場町として最も華やいだのは、明治から昭和の初め。中心部のクローバー通りには当時のにぎわいを思い起こさせる建物が数多く残り、中でも目を引くのが「旧御宿陣屋」だ。

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Vol.11 如是庵(浜松市北区) 随所に“昭和の粋”



  浜松市北区細江町の中心街を北へ約2キロ。大通り脇の山中腹に古風な山荘がたたずむ。周辺では珍しい昭和初期の別荘で、今は自然食の料亭・如是庵として利用される。

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